どうしてもわからない問題に時間をかけすぎない

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いつかどうしてもわからない所にぶつかる

算数の学習では必ず、「この問題は難しいな」という経験をすることになります。
教師や親の解説で納得したり、解説を読んで解決したり、試行錯誤をしながら成長していきます。

そして、いつかすごい難問に出会います。
※難問とは客観的な基準ではなくて、生徒それぞれの主観でです。

「もうぜんぜんわからない。説明されてもわからない」
とか
「説明されたらわかったような気がするけど、自分一人ではたして解けるのかというとまったくできない」
とか。

こういうレベルの難問です。
これはいつか必ず出会います。

このレベルの問題に対して
「1人でもなんとか解けるようになってきたぞ」
と成長させるには、小手先の勉強では話になりません。

生徒自身が形づくる算数世界そのものが根底からレベルアップするとか、
生徒の年齢的成長を待って、抽象能力そのものが向上するとか、
これくらいの劇的な変化がないと、手も足もでない難問は解けるようにはなりません。

学習時にこのような難問と出会ったら、迷わず保留してしまいましょう。
「いつかできるようになればいいや、今の自分には無理」
と投げ出してしまえばいいのです。

その他の適度なレベルの問題を解いていく経験を積むことで、
いつ日か、算数の理解の繋がるべき箇所が繋がり、
半年前には手も足も出なかった問題が今ならかなりわかる、
という成長も起こり得ます。
また、このような成長を待たずにいくらがんばっても、
学習効果は非常に薄いものになる可能性が高いといえます。

このように、数か月スパンで成長を見守らないといけないのが小学生ですし、
5年生から6年生にかけて劇的に成長する可能性を秘めている年齢であるともいえます。
※精神年齢の成長から、抽象能力がどの段階にあるかも大きく影響する年齢です。

まったくわからないなら、迷わず捨てましょう

しかし、いくら時間をおいてもまったくできるようにならない問題というものもある、
そのようなことが起こりうる、ということは知っておいてください。

これが起こる理由は
・中学受験の算数はかなりの難問がある
・生徒自身の能力の限界
という2点によります。
2つのミックスによるとも言えます。

能力の限界、というと寂しい気持ちになるかもしれませんが、これは厳然たる事実です。
中学の数学でギブアップした人、
高校の数学でギブアップした人、
大学の数学でギブアップした人、
ギブアップしないで数学者になった人、
実に様々なパターンがありえます。
この世にある、あらゆる問題が理解できる人などいません。
どこでギブアップがおこるのかは、人それぞれとしかいいようがありません。

中学受験の算数の世界は、とても小学生が解くとは思えないような難問が転がっています。
「もうぜんぜんわからない。説明されてもわからない」という体験を、
小学生ですでにすることになるのは普通のことです。

そのような問題に対して、何時間も何日もかける余裕は受験生にはありません。
もし興味があるのならば、中学生や高校生になってから再びその問題を解いてみればよいのです。
高校生になって見てみたら簡単と感じるかもしれません。
もしかしたら、中学、高校で習う数学よりも、はるかに難しい算数の問題かもしれません。
簡単な大学入試の問題よりも難しい算数の問題はゴロゴロしているのです。

小学生時代、ある問題をギブアップしたとして、さしたる不安を感じる必要はありません。
ぜんぜんこの問題わからない、という出会いは必ずあるのです。

学習時にこのような難問と出会ったら、迷わず保留してしまいましょう。

注1
どこまで学習を進めても簡単!っていう子は同学年に1人か2人とか、そんな例外中の例外でしょうか?
しかし、おそらくこの子たちだって算数オリンピック級の問題で、
「説明されたらわかったような気がするけど、自分一人ではたして解けるのかというとまったくできない」
という経験をすることになるのでしょう。

注2
筆者は大学の数学のあまりの抽象度の高さに完全にノックアウトされました。
けっこう勉強しましたが、「わからない」のです。
当時、勉強が足りなかったとも言えますが、不向きである(才能がない)という直感は正しかったと思います。
もし学生時代に毎日10時間(12時間でもいいですけど)数学の勉強をしていれば、自分は今、数学者になっていただろうかというIfは無意味だと思います。
数学の勉強に多大な時間を割くことができるのは、それに見合ったリターンを得られるだろうという直感が働いてこそであり、自分がそれをすることができなかったのは、これに大量の時間を割いても無駄だな、という直感があったからです。蛇足ですが、リターンとは金銭的なものに限るつもりはありません。
大学数学の初歩が、筆者にとっての数学学習の終着点となりました。
これよりはるか先まで数学を極めていく者もいる一方、これよりもはるか手前で壁にぶつかるものも数多くいるわけです。
いつかわからない所にぶつかる。
これは必然の出会いです。

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