7:九九のような暗記 

スポンサーリンク



瞬時に身体が反応するかのように処理せよ

九九はしっかり暗記すべきである。

これに反対をする方って、
おそらくただの1人もいないと思います。

七ハ(しちは)?

と聞かれて、瞬時に56!と反応できない子が、算数の問題をスラスラ解くことはできません。

瞬時に、という点も強調したい所です。

頭で考えるのではなく、身体が反応するかのように瞬時に処理する。
九九はまさに丸暗記そのものです。
このように丸暗記しなくてはならないものは、九九だけではありません。

例えば、百分率や歩合です。
問題に4%という百分率がでてきたとして、それが0.04倍を意味しているということは、やはり”瞬時”にわからないといけません。

100%=1倍、ということさえ覚えておけば他はすべて論理的に導けるのだから、いちいち暗記する必要はない、という意見を言う人がいるとしたら、それは見当違いです。

「九九ですけど、暗記しなくたって、原理から導けますからね。
例えば、4×5、これは
4+4+4+4+4=20です。
かけ算は突き詰めれば足し算なんだから、足し算ができれば
かけ算なんて覚える必要はないんです」

という意見と同じような意見だと思います。
確かに間違ったことは言っていないけれど、現実を見ていない、という感じですね。
非常によく使うものは、やはりショートカット化しておかないと使い物になりません。
(そもそもなぜかけ算があるのかって、足し算をショートカットするためですけども)

100%=1倍、という定義をしっかり覚えた後、徹底的に割合の反復計算練習をしないといけません。
練習を積んでいけば自然に、18%=0.18倍くらい瞬時に変換できるようになります。
もちろん100%=1倍ということを前提として18%=0.18倍を導いているともいえますが、
この変換をするときの頭の動きは、いちいちそんな定義に立ち返ることはしないはずです。
もはや、暗記しているといえるでしょう。(1%=0.01倍の暗記でもよい)

算数における暗記は軽視されている

暗記すべきものは、きっちりと暗記すべきです。
九九レベルに体に染み込んでいないといけないものがあります。

しかし

算数における暗記、というものは
どうやら軽視されている風潮を感じます。

暗記学習では力がつかない、というきわめて真っ当で正しい意見が流布する中、
「何を暗記してはいけないのか」と「ここまでは暗記なんだから、しっかり反復練習しろ」
という大事なメッセージが埋もれているような気がします。

声を大にして言います。
算数において、「徹底的に反復練習をして、体に染み込ませる必要のあるものがある」と。
スポーツにおける基礎練習のようなものだと理解していただきたいです。

受験算数と競技スポーツは似ています。
どちらも、あるルール内で得点を最大化することを目指すものです。

算数で「問題を解く」という過程において、
1.問題を解き明かしていく過程(パズルを解くような部分)
2.分かったことを計算する過程(ただの処理、単純労働)

の2つがあり、複雑な問題になると、1でわかったことを2で処理し、それで得た数値からまた1の思考をし・・・というように、何回も1と2を往復するような過程を経ます。

2の単純な計算処理が遅すぎると、肝心の1に頭を回すことができなくなります。

瞬時に、頭に何の負担もかけることなく、単純処理を済ませられなければ、
より高度な部分に挑戦することなどできません。

おそらく多くのご家庭で、九九をしっかり暗記させることをやったと思います。
学校側も、九九をきちんと身に着けたかどうか、気にかけて指導が進められたと思います。

日本の算数教育で、きちんと「暗記」が済んだかどうかを皆が気にかける単元は、
最初で最後、「九九」だけなんだと思います。

それ以降の単元は、「暗記」するまで練習しないと使い物にならない、という気迫が決定的に希薄であると言えます。

塾で、割合の基礎練習プリントのようなものが配られることはあると思います。
よく練習しておこうね、という指示や声かけはあっても、
あまり練習してこない生徒を、スラスラできるようになるまで
管理する(強制居残り指導とか)ようなことは少ないと思います。
「計算スピードを上げることを目的とした指導」に大きく時間を割くことはないと思います。
塾を責めたいわけではありません。
他の授業内容があるため、計算力演習に時間を割いてはいられません
(塾が面倒を見なくても計算が速い子もいるので、正式カリキュラムに計算力強化の時間は入れられません)。

これは、各ご家庭が意識的に見てあげないといけない単元です。
このような基礎計算力をきちんと身に着けていないがゆえに、
算数で落ちこぼれている子は非常に多いと言えます。

結局スラスラ計算が進まないと、算数は苦行の側面が強くなってしまうのです。

続きの記事はこちら

スポンサーリンク



Follow me!